まず、彫刻する印面を細目の紙ヤスリで丁寧に平らに仕上げ、朱打ちして、字割りを薄く入れて文字がバランスよく収まるように下書きしておきます。印鑑はこの字入れで全てが決まると言っても過言ではありませんので、時間を充分に取ります。これらの下準備が整ったところで筆で字入れをしていきます。
次に朱と墨を交互に使って、文字のデザインを決めていきます。墨で書いた部分が太すぎるところは、朱で細く締めていき、また、細すぎるところは墨で膨らませていき、文字に躍動感、つまり生命力を吹き込んでいきます。あらかじめ紙にデッサンする印稿はおこなわず、名工は直接にいきなり文字を印面にデザインします。
粗彫りは、輪郭のぐるりや墨で書かれた文字の内と外を幅の細い印刀で切込みを入れた後、写真のように彫る面積の大きいところは幅の太い印刀で、文字の内側などの面積の小さいところはその幅に合わせた印刀で彫っていきます。この作業は見習の弟子が汗水たらしながら懸命に行い、文字の形を覚える仕事となります。
写真のように粗彫りが完成しましたら、もう一度極細の紙ヤスリで軽く字入れした墨を落とします。次の仕上げの作業の前に墨打ちをします。柘・牛角(白)・象牙の印材には墨を打ち、黒水牛には朱墨を打ちます。この時に印影がクッキリと写る極秘技術を施します。この技術が美しい文字をより映えさせます。
字入れの段階で既に命を吹き込まれた文字を写真の通りの仕上げ刀で研ぎ澄ませていきます。人間も生命を得て誕生後、様々な経験によって磨きをかけていきますが、名工の半世紀に渡る印鑑彫刻の経験と技術の鍛錬による磨き抜かれたセンスがこの仕上げ刀の作業によって、ひとつひとつの文字をあか抜けさせ、品格の高い芸術性豊かな作品へと昇華させていきます。
ここまでの間に、印面全体の調和がとれているかどうか、各文字の結体(カタチ)の収まり、各書体の筆意が適度に表現されているか、各文字の大きさはそろっているか、刀の切れ味はどうか、字法・章法(文字のくずし方)に誤りはないか、作品が専門家から見てあか抜けているか、古典に学んだ芸術味が加味されているか等を念入りにチェックしておきます。以上が当店の良い印鑑の基準となります。
仕上げの作業が完成しましたら、娘を嫁がせる前のようにより美しく最高の姿で送り出せるように極上の印肉を印面の上に軽く塗り、押印します。この時、父親が娘に感じるように、嫁いでいくことへの抵抗を感じる作品があるとのことです。